NEW! 当ページの下に「スクリャービンと神智学と狂気」さらに、「スクリャービンの共感覚」(2022年1月21日付)という岡城からの新しいコメントが届いております。ライナーでは語れなかった点に言及しておりますので、ぜひスクロールしてご覧ください。

 


 

 

 

岡城よりコメント「プロメテウスとグレン・グールドとスクリャービン」

 

プロメテウスを聴いていただくとわかると思いますが、音は立体的につくってあります。今回のプロジェクトでは、レコーディングとミキシングはプロピアノ時代から長年いっしょにやってきたエンジニア、カール・タルボット氏と、そしてマスタリングはグレン・グールドのリマスタリングで有名なアンドレアス・マイヤー氏に担当していただきました。カールもアンドレアスも本当に素晴らしく、私の音楽性と、私がスクリャービンに特別にずっと長い間探し求めてきた音を深く理解した上でやってくださり、この素晴らしいお二人なしには49トラック多重録音テクノロジーの技術的にも音作りの点でも、到底このプロメテウスは達成できませんでした。本当に感謝しています。あまり手の内を明かしたくない(笑)ので詳細は避けますが、グレン・グールドCDのライナーノートを執筆されるほどグールドとそのレコーディング技術に詳しいアンドレアスから、とてもうれしいコメントをいただきました。私がプロメテウスでやったことは、グールドのスクリャービンCDのミキシングと彼の音作りのコンセプトと同じであり、むしろ私のプロメテウスのほうがグールドよりはるかに複雑なことを達成している、それはグールドの時代には彼がやりたかったことにはテクノロジーがまだ追い付いていなかったためだと。私のプロメテウスはまさに「Glenn Gould in Steroid」だということでした(笑)グレン・グールドは私のアイドルですが、彼が具体的にスタジオでどのようなミキシングとマスタリングをしていたかは知識がなかったので、驚くとともにとてもうれしく思っています。アンドレアスに教えてもらった、グールドのミキシング方法が少し垣間見えるビデオをご紹介しますね。ビデオの7:52あたりからグールドが実際にスタジオでエンジニアとミキシングしている場面があります。これを見て「ああ確かにこれカールとやったわ」と思いました。そして今回のプロジェクトで改めて思ったことがあります。私がスクリャービンに求めている音というのは、ふつうの人が求めている音とは真逆だと、今まで気が付きもしませんでしたが。人は美しい音を求める、ピアノの先生からは美しい音でキチンと弾きなさいと言われる、だからクラシックの人は遠いマイクでホールの残響が多い音を好む、しかし、わたしはスクリャービンにはもっともっと汚い音がほしいし、もっとダイレクトな音がほしい、モネの淡いパステル画のような音はスクリャービンには全くあってないからもっと別な音がほしかったのです。


プロメテウスCDからサンプルビデオです


27ページライナーノーツでは岡城が楽曲分析/楽譜付きで独自の理論を展開。(写真は印刷前のプルーフリードチェック)

 

「スクリャービンと神智学と狂気」

 

岡城の持論について随時更新いたします。お楽しみに!スクリャービンやプロメテウスに対する、皆様からのご意見を大募集しますので、どうぞContactページよりお送りください!



スクリャービンと神智学と狂気 by 岡城千歳

 

ライナーノーツでは限られた紙面の関係上、軽く触れることしかできなかった点について、ここでいくつかお話したいと思います。スクリャービンはショパンの影響が色濃く残るロマンティックな初期の作風から出発しましたが、親しみやすい初期の作品と違い、作風の大きく変わった後期作品というと、スクリャービン=神智学=プロメテウス=オカルト=頭おかしい、という動かしがたい行き過ぎたイメージが出来上がっているような気がします。これがどこから来ているのかというと、大元はサバネーエフの執筆した書物、なかでも特に有名な「スクリャービンの想い出」(邦題『スクリャービン:晩年に明かされた創作秘話』)だと思います。しかし、サバネーエフは大変貴重な情報源であることは動かしがたい事実である反面、信憑性が非常に疑わしい情報も満載である、というのがロシアの音楽学では通説だそうです。これについては、スクリャービンの甥の孫娘のアリーナ・イワノヴァ・スクリャービナも以下のサイトで言及しています。

http://www.scriabin-association.com/critique-of-subjectivity-an-examination-of-vospominaniya-o-scriabine-reminiscences-of-scriabin-by-leonid-sabaneyev-by-alina-ivanova-scriabina-moscow/

"sabaneyevschina"にあたるロシア語の造語もあるそうです。('shchin'は苗字または名詞のあとにつける接尾語で、似たような作品やものごとの現象の不承認をほのめかす、軽蔑や非難の意味)

 

信憑性の疑わしいといえば最も有名なのは、フォービオン・バウアーズ (1917-1999) でしょう。彼はスクリャービンの伝記本を何冊か書いていますが、大変残念で不可解なことに、引用や出典の記載がほとんどありません。彼は学者としての立場からスクリャービンについて書いたのではなく、むしろバウワーズの時代にスクリャービンが再評価されつつあった(それまではスクリャービンの存在は彼の死後、忘れ去られていました)ことから、スクリャービンの人物の全容がまだまだ知られていなくて暗闇のなかにあることを利用して、スクリャービンについてセンセーショナルにおもしろおかしく、ありもしないゴシップである「ゲイと狂気」で書き立てた、と言うべきでしょう。バウアーズはまた、オイレンブルク版とドーヴァー版のプロメテウスのスコアの序文を書いていますが、ドーヴァー版で記載が少しあるのを除き、主要なテーマ分析についてはここにも引用や出典の記載が全くありません。ライナーノーツでも少し書きましたが、序文に掲載されている、有名な5度圏の色と音のチャート表は、(ドーヴァー版にはGaleevによるものとの記載がありますが)スクリャービンが書いたものではなく、Irina VanechkinaとBulat Galeevによって1975年に作成されたものです。色と音の対応表については、スクリャービン自身が初版本の余白に1913年に自ら書き込んだものがあり(フランス国立図書館所蔵)、それとサバネーエフが論文に記したものと、このオイレンブルク版とドーヴァー版の5度圏表とは、色と音という点ではほとんど一致していますが (フランス国会図書館所蔵の文献は私も自分で見たことがないので、いろいろな研究者の方々のさまざまな文献を拝読した上での意見ですのでご了承ください)、「5度圏表」の図表 (※1)、そして「Will (Human)」といったような「神智学的」観点は、あくまでIrina VanechkinaとBelat Galeevが付け加えたたものです。この序章を読むと、スクリャービン自身があたかもこの5度圏表を念頭に置いて作曲していたかのように錯覚してしまう、これは大きな誤解を生みます。さらに、バウワーズが触れている「テーマ分析」についてですが、バウワーズ自身「プロメテウスは今まで書かれた作品の中で、最も濃い神智学的作品である」と発言して神智学的なテーマ分析を披露し、「スクリャービンはこう述べた」と時々書いているのですが、どこまでが彼自身の分析でどこまでが引用なのか、さらには引用とすればその出典はどこなのか、ということが全く記されていません。このテーマ分析は一般的に広く知られているものと思われ、ここでも、スクリャービン自身が自らこのテーマ分析をしたように誤解されているような気がします。この辺りはライナーノーツでも触れましたので、詳細はそちらをぜひご参照ください。

 

スクリャービンは自分の作曲技法については、サバネーエフに少しだけヒントを漏らした以外は、肝心かなめの和声書法や作曲技法については決して自ら語ったり書いたりすることがなかったと理解しています。ここからは私の推測でしかないので、お許しいただきたいのですが、それではバウワーズが書いたような神智学的テーマ分析はどこから来ているのか、というと、恐らく大元は1911年プロメテウス初演時のプログラムノートのテーマ分析だろう、そしてそれはスクリャービン自身が執筆したものではなく、恐らくサバネーエフが執筆してスクリャービンが許可したものであり、さらにはそれを基にローザ・ニューマーチ( 詩人・音楽ライターでスクリャービンと知己があった)も自分自身の神智学的なテーマ分析を付け加えてThe Musical Timesに掲載し、さらにはアーサー・イーグルフィールド・ハルも自分自身の神智学的テーマ分析を付け加えて執筆し、といった具合に次々にいろいろな人が自分自身の神智学的テーマ分析を加筆して披露していったのではないかと思われます (※2)。そしてそれがスクリャービン自身が書いた分析として伝わっているのではないかと。

 

スクリャービンが神智学に傾倒していたことは紛れもない事実ですが、それが周りに人によって誇大化され、さらにはスクリャービンの人物像についても、信憑性のない記述が広まってしまって、そして未だにその誤った記述が広く信じられているがために誤解されている可能性があります。私にとってはスクリャービンは、和声を究極まで突き詰め、その結果シェーンベルグにも匹敵する現代音楽の新しい可能性を開いた、それでいて、そのシステムに溺れることなくどこまでも己の信ずる法悦の音と和声を求め続けた孤高の作曲家ですが、その現代音楽を切り開いた作曲家としてのスクリャービンと、神智学にとりつかれた狂人というスクリャービンの固定イメージは相いれず、ずっと今日に至るまで議論を呼んできたと思います。今一度、すべてを見直していく必要があるのかもしれません。

 

 ※1 五度圏表について誤解を避けるため詳しく書いてみたいと思います。サバネーエフが執筆したものも、フランス国立国会図書館所蔵の、スクリャービン自身が、初版本の余白に書き記した "table of lights" (Parisian Score)も共に、次のような表記になっています。

"C, G, D, A, E, H, Fis=Ges, Des, As, Es, B, F"

これに「赤」など色が書いてあるのですが、つまり五度圏を意味する順序で書かれています。しかし、Irina VanechkinaとBelat Galeevが作成した五度圏表は、五線紙に書いた「長調」を意味する「調号」が彼らによって新たに付け加えられ、目に見える図表にされています、プロメテウスには調性がないにもかかわらず。これはどうしてこういう事態になっているかというと、もともとスクリャービンは自分が共感覚を持っていると信じていて、それは曲の調性に対して色を感じる、という感覚だったようです。それでスクリャービンがこの調性にはこの色を感じる、というのを総合してまとめたものが、サバネーエフやマイヤーズの色と音の表で、調性なので上記のように五度圏を意味する順序で書かれています。そして、スクリャービンはプロメテウスの色光ピアノのパートを作成する際に、スクリャービンがC Major (C Dur) =赤、と調性に感じていた色を、C=赤、と色光ピアノのキーボードにあてはめ、Cの鍵盤を押すと赤の光線が出る、というふうに色光ピアノを書いたわけです。問題は、調性に対して感じる色をそのまま、和音の根音(色光ピアノのもとです)にあてはめるという点です。プロメテウスにおいて調性はすでに存在しないのですから、和音の根音が従来の調性の役目をになっているなら理論は成立しますが、和声分析をする限りそのようなことはなく、従来の調性の「役割」(調性そのものではなく)に相当するものは存在しますが、それは根音そのものではないです。またプロメテウスの調性の役割に相当するものに色がつけられたとしても、それは、調性が存在する曲において感じる色と、調性がもはや存在しない曲において調性の役割に相当するものに感じる色は、違うのではないかと。肝心の色光ピアノのパートがどのように書かれ構成されているかの詳細はライナーをご参照いただければ幸いですが、色光ピアノはプロメテウスの曲が完成した後の後付けと私には思われてならないのはこの辺りです。

 

※2 この根拠については、プロメテウスCDの私のライナーノーツご参照ください。ライナーノーツで触れることのできなかったアーサー・イーグルフィールド・ハルにつきましては、(sorry! under construction)

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孫引きになってしまい申し訳ないのですが、前述のサイトでアリーナ・イワノヴァ・スクリャービナが引用している、ゲンリヒ・ネイガウスの言葉をご紹介したいと思います。「サバネーエフやシュレゼールのような神秘論主義者と蒙昧主義者はスクリャービンにとって非常に有害である。彼らはスクリャービンの周りに無制御な崇拝の病的な雰囲気を作り出し、それはカルトのレベルにまで到達した」(Heinrich Neuhaus, Notes on Scriabin, on the 40th anniversary of his death, Sovetskaya muzyka, 1955, N0.4)   サバネーエフの執筆した論文や書物は大変貴重な情報源であることは間違いないだけに、その情報が玉石混交であることを念頭に参考にしたほうがよいのではないかと思われます。

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©2021 Chitose Okashiro




スクリャービンの共感覚  by 岡城千歳

 

共感覚については、ライナーノーツでは字数の関係でとても語り切れなかったので、ここで少し付け加えたいと思います。共感覚は今と昔の定義が違ってきているようで、昔はもっと定義が緩かったのが、最近はもっと狭義の意味に限られているようです。共感覚の研究者によると、スクリャービンが本当に現代の意味での共感覚の持ち主だったかは非常に微妙で疑問だ、とし、実はそうではなかったという見方が有力のようでもあります。ただ、私が先ほどちらっとネットで調べたところ、英語と日本語の共感覚の定義についても若干の違いがあるようですし、研究者によっても見方に若干の違いがあったりというのが現実のようです。スクリャービンの感じた色は調性に対するもので、その色は現代の共感覚の定義とされる「自動的、不随意的に感じる」というよりももっと、創造的というか恣意的というかそういうものであったようです。和音が変わるときに色のようなものを感じたり、ということは音楽家の皆様には必ずありますし、そういう意味では昔のゆるゆるの共感覚の定義だと、皆さまお持ちということになるのかな。でもそれは何と言うか、「ここはこういう感じで」というと色やにおいまでも湯気のように立ち上って感じる、みたいな創造的なことであって、スクリャービンもそうだったのではと思っています。個人的な意見ですが。だから「ハ長調が鳴ると赤色が目の前に自動的に出現する!」といったようなことではなかったはずです。ドビュッシーとかスクリャービンとかメシアンとか、あの辺りの作曲家には特に和声に色を感じるのは私だけではないと思います。そういう意味ではスクリャービンが色光ピアノなんていうものを作った気持ち自体はとってもよくわかるのですが。