オーケストラによるプロメテウス像を覆す!

ピアノの音による、

全く新しいプロメテウスとスクリャービンの世界!

スクリャービンのプロメテウスは苦手、というリスナーのかたにこそ聴いていただきたい当作品。プロメテウス=オカルトだという常識を覆す、全く新しいプロメテウス像が7台ピアノで表現されます。軍隊のような7台ピアノ行進のド迫力、弱音の法悦感と繊細な音の余韻、こだわりぬいたミキシングとマスタリングによる幅と奥行きのある立体感あふれる音像 (音が左右から飛んでくる箇所も)そして英語日本語による27ページの詳細な楽譜付きライナーノーツ。池田卓夫氏とデイビッド・ルイス氏によるライナーのほか、岡城自らライナーを執筆。岡城の考える、スクリャービン=神秘主義、の行き過ぎた固定イメージに反論し、持論を展開。彼女独自の和声分析と色光ピアノについても詳細に考察し、音楽学/音楽理論的にも新しい考え方と言えます。勿論、カンディンスキーとスクリャービンなど、気軽に楽しめる内容のライナーノーツも充実しています。当ページの下に「スクリャービンと神智学とクレージー」という岡城からのコメントが届いております。ライナーでは語れなかった点に言及しておりますので、ぜひスクロールしてご覧ください。


新譜リリース2021年6月30日発売予定

只今ご予約受付中です!



スクリャービン プロメテウス

ピアノ編曲版7台ピアノ用49トラック多重録音

編曲、ピアノ 岡城千歳

192kHz/24bit Recording

「音楽が時に魔法をかけ、時間を刻む鼓動」が聴こえてくるかのようだ。スクリャービンの内面に潜む、時に「どず黒い」世界もはっきりと姿を現し、心の葛藤がリアルタイムと錯覚するほど生々しく聴き手の耳に突き刺さる。恐ろしい編曲だ。もちろん、あの《悲愴》や《巨人》で私たちを瞠目させた岡城の強靭なタッチとピュアな音色が生む豊かなそのりてぃ、全体の構造を見据えたスケールの大きさはますます冴え渡る。

ーーー池田卓夫

岡城千歳が成し遂げたことは---奇跡である!この『プロメテウス』はあなたをうながし、スクリャービンの偉大な幻想の宇宙へとあなたを駆り立てるだろう。

―――デイビッド・ルイス

(ライナーノーツより引用)



 

 

C20003

アレクサンダー・スクリャービン

岡城千歳、ピアノ

 

1 プロメテウス、火の詩、作品60

ピアノ編曲版7台ピアノ用

多重録音

編曲: 岡城千歳

2つの詩曲、作品63

2 1曲 「仮面」

3 2曲「奇妙なもの」

2つの詩曲、作品69

4   1曲 アレグレット

5 2曲 アレグレット 

6 ポエムノクチュルヌ作品61

 

Recording Dates:  Jan. 22, 2017, October 27 & 28, 2019
Recording Site: Palais Montcalm, Quebec, Canada
192kHz/24bit 49-track Overdubbing Recording
Recording & Mixing Engineer: Carl Talbot
Mastering Engineer: Andreas K. Meyer



「リリース前スペシャルインタビュー」と「岡城からのコメント」を「多重録音の過程  (写真付き)」を掲載しました。



 

 

 

27ページライナーノーツでは岡城が楽曲分析/楽譜付きで独自の理論を展開。(写真は印刷前のプルーフリードチェック)

 

「スクリャービンと神智学とクレージー」

 

岡城の持論について随時更新いたします。お楽しみに!スクリャービンやプロメテウスに対する、皆様からのご意見を大募集しますので、どうぞContactページよりお送りください!


スクリャービンと神智学とクレージー by 岡城千歳

 

ライナーノーツでは限られた紙面の関係上、軽く触れることしかできなかった点について、ここでいくつかお話したいと思います。スクリャービンはショパンの影響が色濃く残る初期の作風から出発しましたが、作風の大きく変わった後期作品というと、スクリャービン=神智学=プロメテウス=オカルト=頭おかしい、という動かしがたい行き過ぎたイメージが出来上がっているような気がします。これがどこから来ているのかというと、大元はサバネーエフの執筆した書物、なかでも特に有名な「スクリャービンの想い出」(邦題『スクリャービン:晩年に明かされた創作秘話』)だと思います。しかし、サバネーエフは大変貴重な情報源であることは動かしがたい事実である反面、信憑性が非常に疑わしい情報も満載である、というのがロシアの音楽学では通説だそうです。これについては、スクリャービンの甥の孫娘のアリーナ・イワノヴァ・スクリャービナも以下のサイトで言及しています。http://www.scriabin-association.com/critique-of-subjectivity-an-examination-of-vospominaniya-o-scriabine-reminiscences-of-scriabin-by-leonid-sabaneyev-by-alina-ivanova-scriabina-moscow/

"sabaneyevschina"にあたるロシア語の造語もあるそうです。('shchin'は苗字または名詞のあとにつける接尾語で、似たような作品やものごとの現象の不承認をほのめかす、軽蔑や非難の意味)

 

信憑性の疑わしいといえば最も有名なのは、フォービオン・バウアーズ (1917-1999) でしょう。彼はスクリャービンの伝記本を何冊か書いていますが、大変残念で不可解なことに、引用や出典の記載がほとんどありません。彼は学者としての立場からスクリャービンについて書いたのではなく、むしろバウワーズの時代にスクリャービンが再評価されつつあった(それまではスクリャービンの存在は彼の死後、忘れ去られていました)ことから、スクリャービンの人物の全容がまだまだ知られていなくて暗闇のなかにあることを利用して、スクリャービンについてセンセーショナルにおもしろおかしく、ありもしないゴシップである「ゲイと狂気」で書き立てた、と言うべきでしょう。バウアーズはまた、オイレンブルグ版とドーバー版のプロメテウスのスコアの序文を書いていますが、ドーバー版で記載が少しあるのを除き、主要なテーマ分析についてはここにも引用や出典の記載が全くありません。ライナーノーツでも少し書きましたが、序文に掲載されている、有名な5度圏の色と音のチャート表は、(ドーバー版にはGaleevによるものとの記載がありますが)スクリャービンが書いたものではなく、Irina VanechkinaとBulat Galeevによって1975年に作成されたものです。色と音の対応表については、スクリャービン自身が初版本の余白に1913年に自ら書き込んだものがあり(フランス国立図書館所蔵)、それとサバネーエフが論文に記したものと、このオイレンブルグ版とドーバー版の5度圏表とは、色と音という点ではほとんど一致していますが (フランス国会図書館所蔵の文献は私も自分で見たことがないので、いろいろな研究者の方々のさまざまな文献を拝読した上での意見ですのでご了承ください)、「5度圏表」の図表、そして「Will (Human)」といったような「神智学的」観点は、あくまでIrina VanechkinaとBelat Galeevが付け加えたたものです。この序章を読むと、スクリャービン自身があたかもこの5度圏表を念頭に置いて作曲していたかのように錯覚してしまう、これは大きな誤解を生みます。さらに、バウワーズが触れている「テーマ分析」についてですが、バウワーズ自身「プロメテウスは今まで書かれた作品の中で、最も濃い神智学的作品である」と発言して神智学的なテーマ分析を披露し、「スクリャービンはこう述べた」と時々書いているのですが、どこまでが彼自身の分析でどこまでが引用なのか、さらには引用とすればその出典はどこなのか、ということが全く記されていません。このテーマ分析は一般的に広く知られているものと思われ、ここでも、スクリャービン自身が自らこのテーマ分析をしたように誤解されているような気がします。この辺りはライナーノーツでも触れましたので、詳細はそちらをぜひご参照ください。

 

スクリャービンは自分の作曲技法については、サバネーエフに少しだけヒントを漏らした以外は、肝心かなめの和声書法や作曲技法については決して自ら語ったり書いたりすることがなかったと理解しています。ここからは私の推測でしかないので、お許しいただきたいのですが、それではバウワーズが書いたような神智学的テーマ分析はどこから来ているのか、というと、恐らく大元はモスクワのスクリャービン博物館に保存されている、1911年初演時のプログラムノートのテーマ分析だろう、そしてそれはスクリャービン自身が執筆したものではなく、恐らくサバネーエフが執筆してスクリャービンが許可したものであり、さらにはそれを基にローザ・ニューマーチ( 詩人・音楽ライターでスクリャービンと知己があった)も自分自身の神智学的なテーマ分析を付け加えてThe Musical Times(4/1/1914)に掲載し、さらにはアーサー・イーグルフィールド・ハルも自分自身の神智学的テーマ分析を付け加えて執筆し(A Great Russian Tone-Poet: Scriabin)、といった具合に次々にいろいろな人が自分自身の神智学的テーマ分析を披露していったのではないかと思われます。そしてそれがスクリャービン自身が書いた分析として伝わっているのではないかと。

 

スクリャービンが神智学に傾倒していたことは紛れもない事実ですが、それが周りに人によって誇大化され、さらにはスクリャービンの人物像についても、信憑性のない記述が広まってしまったために、そして未だにその誤った記述が広く信じられているがために誤解されている可能性があります。私にとってはスクリャービンは、和声を究極まで突き詰め、その結果シェーンベルグにも匹敵する現代音楽の新しい可能性を開いた、それでいて、そのシステムに溺れることなくどこまでも己の信ずる法悦の音と和声を求め続けた孤高の作曲家ですが、その現代音楽を切り開いた作曲家としてのスクリャービンと、神智学にとりつかれた狂人というスクリャービンの固定イメージは相いれず、ずっと議論を呼んできたと思います。今一度、すべてを見直し、スクリャービンの音楽からすべてを読み取る必要があるのかもしれません。

 

※五度圏表について誤解を避けるため詳しく書いてみたいと思います。サバネーエフが執筆したものも、フランス国立国会図書館所蔵の、スクリャービン自身が、初版本の余白に書き記した "table of lights" も( Parisian Score)共に、次のような表記になっています。

"C, C, D, A, E, H, Fis=Ges, Des, As, Es, B, F"

 

これに「赤」など色が書いてあるのですが、つまり五度圏を意味する順序で書かれています。しかし、Irina VanechkinaとBelat Galeevが作成した五度圏表は、五線紙に書いた「長調」を意味する「調号」が付け加えられ、目に見える図表にされています、プロメテウスには調性がないにもかかわらず。これはどうしてこういう事態になっているかというと、もともとスクリャービンは自分が共感覚を持っていると信じていて、それは曲の調性に対して色を感じる、という感覚だったようです。それでスクリャービンがこの調性にはこの色を感じる、というのを一般的に総合してまとめたものが、サバネーエフやマイヤーズの色と音の表で、調性なので上記のように五度圏を意味する順序で書かれています。そして、スクリャービンはプロメテウスの色光ピアノのパートを作成する際に、スクリャービンがC Major (C Dur) =赤、と調性に感じていた色を、C=赤、と色光ピアノのキーボードにあてはめ、Cの鍵盤を押すと赤の光線が出る、というふうに色光ピアノを書いたわけです。問題は、調性に対して感じる色をそのまま、和音の根音(色光ピアノのもとです)にあてはめるという点です。プロメテウスにおいて調性はすでに存在しないのですから、和音の根音が従来の調性の役目をになっているなら理論は成立しますが、和声分析をする限りそのようなことはなく、従来の調性の「役割」(調性そのものではなく)に相当するものは存在しますが、それは根音そのものではないです。またプロメテウスの調性の役割に相当するものに色がつけられたとしても、それは、調性が存在する曲において感じる色と、調性がもはや存在しない曲において調性の役割に相当するものに感じる色は、違うのではないかと。肝心の色光ピアノのパートがどのように書かれ構成されているかの詳細はライナーをご参照いただければ幸いですが、色光ピアノはプロメテウスの曲が完成した後の後付けと私には思われてならないのはこの辺りです。